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高松高等裁判所 昭和34年(ナ)5号 判決 1960年3月24日

原告 石川義明 外一名

被告 徳島県選挙管理委員会

主文

(一)  昭和三四年(ナ)第三号事件につき、

昭和三十四年四月三十日執行の東祖谷山村議会議員一般選挙における谷本亀市の当選はこれを無効とする。

原告石川義明の右選挙において石川義明を当選人とする旨の請求につき、本件訴を却下する。

(二)  同年(ナ)第五号事件につき、

原告谷本亀市の本訴請求を棄却する。

(三)  訴訟費用中原告石川義明と被告との間に生じた分((ナ)第三号事件関係)は被告の負担とし、原告谷本亀市と被告との間に生じた分((ナ)第五号事件関係)は同原告の負担とする。

事実

昭和三四年(ナ)第三号事件(以下単にA事件と称する)について、原告は、昭和三十四年四月三十日執行の東祖谷山村議会議員一般選挙における谷本亀市の当選はこれを無効とする右選挙において原告石川義明を当選人とする訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、

第一、請求原因として次のとおり述べ、

(一)  原告は昭和三十四年四月三十日執行の東祖谷山村議会議員一般選挙において選挙権を有し且つ右選挙における候補者である。右村選挙会において昭和三四年(ナ)第五号事件(B事件)の原告谷本亀市を最下位当選人人、原告を次点落選者と各定められたところ、原告は右決定に不服があつたので、異議手続を経て、被告に対し訴願を提起した。そして、被告は右訴願裁決において、右村選挙会が他の候補者訴外谷岡勝義(田ノ元)、同西尾勇(たのもと)とB事件原告谷本亀市との三名の得票数に按分していた「タモト」なる投票一票(検乙第一号証の一)を右谷本亀市の有効投票と認め、また「タモトカ」なる投票一票(検乙第二号証)を村選挙会の決定と同様に右谷本亀市の有効投票と認めて、右谷本亀市の得票を百票と判定し、他方原告の得票を百票と判定し、結局両者の得票数を同数と判定した上、B事件の原告谷本亀市の当選を無効とする旨の裁決をなしたものである。

(二)  しかれども被告のなした右裁決は違法である。

「タモト」及び「タモトカ」の各投票は公職選挙法第六十八条第七号により無効である。殊に他の候補者中に谷岡勝義(田ノ元)及び西尾勇(たのもと)の二人がいるのであるから、右二つの投票は当然無効である。被告は右訴願裁決においては、「田ノ元」は谷岡勝義の通称であり、また「たのもと」は西尾勇の通称であると判定しているけれども、東祖谷山村では、田ノ元勝義、たのもと勇といえば各一般に通じており、屋号として呼称し、それぞれ立候補届書にも届出してあるので、被告のいう通称ではない。

また被告は、村選挙会において「タモトカ」「田本カメイチ」なる投票を開票立会人十人が異議なく右谷本亀市の有効投票として取扱つているところから、村選挙会が「タモト」なる投票を谷本亀市、西尾勇、谷岡勝義ら三名の得票数に按分していたのを取り消し、右谷本亀市の有効投票と判定したけれども、村選挙会の最終において、「タモト」なる投票の取扱について長時間紛糾した結果按分と判定した事実からしても、谷本亀市の有効得票九十九票中「タモトカ」なる投票を無条件で有効と解することはできない。

他に田ノ元勝義たる候補者が実在する以上、「タモトカ」なる投票は、谷本亀市と谷岡勝義のうち何れのものか解し難い。それ故に、被告がB事件の原告谷本亀市の有効投票と判定した百票中「タモト」及び「タモトカ」の二票は無効票と判定すべきであるから、原告の得票数が右谷本亀市のそれより二票多数となり、したがつて右谷本亀市の当選を無効とし、原告を当選人とすべきである。被告が右訴願裁決において、右谷本亀市と原告との各得票数を同数と判定したことは公職選挙法の規定に違反し、しかも選挙の結果に異動を及ぼすものであること明白である。

よつて請求趣旨記載のような判決を求めるため、本訴請求に及ぶ。

第二、(一) 被告の裁決書に「田の元」「たのもと」を通称であるとし、答弁書に屋号としているのは、被告の見解に矛盾がある。また、訴外谷岡勝義、同西尾勇の各有効投票中に、両名の屋号である「田の元」または「たのもと」なる投票が存在しないことは認める。

(二) なお、右裁決において、「」なる投票一票(検丙第一号証)、「石川正盛」なる投票一票(検丙第二号証)、「」なる投票一票(検丙第三号証)及び「石川正モリ」なる投票一票)検丙第四号証)が原告の有効投票に算入せられていること及び原告が立候補に際し、「石川正宗」なる通称の届出をなし、投票の結果「石川正宗」なる投票が三票あり、それが原告の有効投票と判定されていることはいずれも認める。と附陳した。

(立証省略)

被告指定代理人は答弁として

(一)  原告の異議、訴願及び本件訴がいずれも所定期間内になされたものであることは争わない。

(二)  原告は先ず第一に「タモト」なる投票は、候補者中に谷本亀市のほかに谷岡勝義(田ノ元)、西尾勇(たのもと)の二人が実在している以上、公職選挙法(以下単に法という)第六十八条第七号により明らかに無効投票であると主張するのであるが、およそ候補者制度をとる現行選挙の下では、選挙人は特段の事情のない限り候補者の何人かを記載したものと推定すべきであり、且つ法第六十七条後段も、投票は無効投票の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であれば有効に取扱うべき旨を規定しているのであるから、唯単に原告所論の事実のみをもつてしては、右投票が候補者谷本の「ニ」の脱字が、または同谷岡(田の元)、同西尾(たのもと)の「の」の脱字か、そのいずれを記載したかを確認し難いものとして、これを法第六十八条第七号により無効投票であると推断することはできない。

いなむしろ、本件選挙において、「タモト」なる投票が本件係争の「タモト」なる投票唯一票であること、候補者谷本亀市の有効投票九十九票(本件係争の右投票を除く)には、漢字または仮名書にて正確に氏(谷本、タニモト等)が記載されていること、これに反し候補者谷岡勝義(田の元)の有効投票(本件係争の右投票を除く)百三十六票、同西尾勇(たのもと)の有効投票(本件係争の右投票を除く)百十七票中には、両候補者の屋号である「田の元」または「たのもと」と記載された投票が皆無であること、「タモトカ」「田本カメイチ」なる投票が開票立会人十人ことごとく候補者谷本亀市の有効投票である旨の意見をのべ、選挙長も簡単有効投票と決定したこと等の諸事実から判断すれば、右投票は選挙人が候補者谷本の「氏」の「ニ」を脱字して記載したものと判定するを相当とすべく、右投票は候補者谷本亀市の有効投票である。

次に、原告は「タモトカ」なる投票は、候補者中に谷本亀市のほかに谷岡勝義(田の元勝義)が実在する以上、法第六十八条第七号により無効投票であると主張するのであるが、右投票は村選挙会において開票立会人十人ことごとく候補者谷本亀市の有効投票である旨の意見を述べ、選挙長も簡単に有効と決定したこと、「田本カメイチ」なる投票が有効と決定されたこと、谷本亀市と記載された投票が多く存するにもかかわらず、「タノモトカツヨシ」なる投票が一票も存しないこと等の諸事実から判断すれば、右投票は山村地帯にあつて教育程度の低い選挙人が候補者「タニモトカメイチ」を記載しようとしたのであるが、投票所の雰囲気になれないため緊張し過ぎて「タモトカ」と脱字したものと十分看取できるのであるから、右投票は候補者谷本亀市の有効投票であるといわなければならない。

以上の事実を綜合判断するに、被告のなした裁決は事実の認定並に法律の解釈を誤つたものではなく、取り消さるべき理由は毫も存しないので、原告の請求は棄却せらるべきである。

(立証省略)

昭和三四年(ナ)第五号事件(以下単にB事件と称する)について、原告代理人は、被告が原告に対し昭和三十四年八月二十日附でなした裁決(昭和三十四年五月二十五日東祖谷山村選挙管理委員会が訴願人石川義明の本件異議申立に対してなした決定はこれを取消す、同年四月三十日執行の東祖谷山村議会議員一般選挙において当選人と決定された谷本亀市の当選を無効とする旨)を取り消す訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、

第一、請求原因として次のとおり述べ、

(一)  原告は昭和三十四年四月三十日執行された東祖谷山村議会議員一般選挙において当選人と定められ、同村選挙管理委員会から当選決定の通知を受け、原告はこれを承諾して爾来同村議会議員として職務を遂行して来たものであるが、前記A事件の原告石川義明より原告の右当選の効力に関し異議を申立て、同村選挙管理委員会から右申立を棄却されたので、更に被告に訴願の申立をしたところ、被告は昭和三十四年八月二十日付をもつて、昭和三十四年五月二十五日右村選挙管理委員会が訴願人石川義明の本件異議申立に対してなした決定を取り消す、原告の当選を無効とする旨の裁決をした。

(二)  しかしながら、右裁決は次の二点により不当である。

一、本件選挙の候補者中原告の氏名にまぎらわしい者は、右裁決書に判示された訴外谷岡勝義(通称「田の元」)、同西尾勇(通称「たのもと」)の二名のほかになお訴外谷藤太郎があるのであるから、原告の当選を無効と断定する以上は、その前提として右三名の候補者につきそれぞれ有効と決定された投票を今一度仔細に検討して、その投票中原告に対する有効投票と認むべきものがあるかどうかを十分に審査すべきであるところ、裁決書を熟読しても被告がそのような十分な審査を行つたと窺われる形跡は全く認められないのである。

原告としては、右三名に対する有効投票と認められた投票中には、実は原告の有効投票と認むべきものが少くとも一票は誤つて混入しているものと推察しているのである。原告は下位当選人であるため、一票はおろか〇・一票でも当選の有効無効に影響するのであるから、前記のような審査を行わないでなした被告の裁決は失当である。

二、被告のなした裁決において、選挙長及び村選挙管理委員会が共に無効と決定した「」なる投票(検丙第一号証)を、「石川まさもり」と記載されたものと判定した。しかし右裁決書によつても、第一字は「石」に「近きもの」と推定しているだけであり、「近きもの」であるならば、この第一字は必ずしも「石」に限らず、「」の字に近いものであつて、これを「石」と断定することは不可能である。そうすると、訴願人である右石川義明の氏名に照すと、右投票は僅かに「川」の一字のみが照応するのみであるから、これを右石川義明の有効投票と認めることは到底できないものである。ところが、被告は、これを右石川義明の有効投票と認め、その理由として、名の「まさもり」は候補者石川義明の幼名であることを挙げている。しかし右石川義明の幼名が「まさもり」であることは原告は全く関知しておらず、世間一般もまた同様である。仮りに裁決書のいうとおり幼名が「まさもり」であつたとしても、幼名の記載が有効であるとの根拠は何もない。幼名が通称と認められるに至つているならば、それは有効と認めて差支ないであろうが、単に幼名であることを理由としてこれを有効と認定する見解に対して到底これを肯認することができない。そしてまた右石川義明については何ら「まさもり」なる通称は存在しないのであるから、これを通称と認めて有効とすることもできない。したがつて右投票は公職選挙法第六十八条第七号の「何人を記載したかを確認し難いもの」に該るか、若し、これを右石川と確認し得るとすれば、同条第五号の「他事を記載したもの」として無効とすべきである。他事記載の禁止規定の適用は、従来の取扱例に徴すれば、極めて厳格にこれを適用しているのであつて、秘密投票制、無記名投票制の本質に照し、この態度はもとより是認さるべきである。そしてこれは同法第六十七条の「投票の効力決定に当つては、なるべく有効に取扱うべき」旨の規定とは全く別個の関係であつて、特定の候補者に投票したことが明白であつても、他事を記載しておれば、法定の除外事由に該当しない限りこれを無効とすべきである。

なお裁決書において、「石川正盛」なる投票一票(検丙第二号証)、「」なる投票一票(検丙第三号証)、「石川正モリ」なる投票一票(検丙第四号証)が右石川義明の有効投票と判定されているが、それは不当であつて、いかにその投票が石川義明に対する投票であることが明白であつても、候補者の名でもなく、通称でもないものを候補者の氏名の下に書き入れるのは、これを他事記載として無効とすべきである。

以上のとおりであつて、原告の当選を無効とした被告の裁決は違法であるから、これが取消を求めるため本訴請求に及ぶ。

第二、なお、右裁決において、「タモト」なる投票一票(検乙第一号証の一)、「タモトカ」なる投票一票(検乙第二号証)、「田本かめいち」なる投票一票(検乙第三号証)が原告の有効投票と判定せられたことは認める。と附陳した。

(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、次のとおり述べ、

(一)  原告の請求原因事実第一、(一)の点を認める。

(二)  同上第一、(二)、一の点を否認する。

(三)  同上第一、(二)、二の点について、

原告は、選挙長及び村選挙管理委員会が共に無効と決定した「」なる投票は、仮りに「石川まさもり」と記載したものと判読しても、「まさもり」は候補者石川義明の幼名ではなく、仮りに幼名であつたとしても、幼名を有効投票とする根拠はないのであつて、右投票は法第六十八条第七号または第五号に該当し無効投票であると主張するのであるが、右投票は第二字は「川」第三字は「ま」第四字は「さ」第六字は「り」と肉眼で判読でき、第一字及び第五字は科学鑑定によれば、それぞれ第一字は「石」に近いものと推定され、第五字は「も」と推定判読されるのであつて、立候補制度をとる現行法のもとにおいては、右投票は、「石川まさもり」と記載されたものと判定すべきである。

しかして、名の「まさもり」は候補者石川義明の幼名であること、本件選挙において石川正盛(一票)、石川正モリ(二票)と記載された投票が開票立会人十人悉く候補者石川義明の有効投票である旨の意見をのべ、選挙長も同人の有効投票と決定したこと、候補者制度をとる現行法の下においては選挙人は何びとかに対し投票するものであるとの根本理念が存すること等から判断すれば、候補者石川義明の「氏」と「幼名」を記載した右投票は候補者石川義明の有効投票と判定すべきである。顧うに、候補者石川義明の幼名並に通名は「石川正盛」または「石川正宗」と呼称され、同候補者の住所地東祖谷山村字高野部落はいうに及ばず、広く村内にわたつて周知されており、乙第二号証に示すように石川正盛あての年賀状が他家に配達されることなく、したがつて附箋も添付されず他の年賀状と同様石川義明あて配達されている事実からしても、「石川正盛」なる投票は、石川義明と同一人であること明白である。

更に議員候補者の戸籍上の名義と全く相異る通名のみを記載した投票と雖も、その同一人たることを認めうる場合においては、有効投票として処理すべきであるとの実例(昭和六年九月一日京地第一三三号京都知事宛地方局長電信回答)があるところ、本件選挙において、立候補者は勿論のこと選挙人中にも石川正盛または石川義明なる者にまぎらわしい者がなく、石川正盛は候補者と同一人であると判断できるのであるから、該投票は候補者石川義明の有効投票であつて、該投票は公職選挙法第六十八条第七号または第五号に該当し、無効投票であるとの原告の主張は失当である。したがつて、被告のなした裁決は事実の認定並に法律の解釈を誤つたものでなく、適法な行為であつて、取り消さるべき理由は毫も存しないので、原告の本訴請求は棄却さるべきである。

(立証省略)

理由

一、A事件の原告石川義明及びB事件の原告谷本亀市は共に、昭和三十四年四月三十日執行の東祖谷山村議会議員一般選挙において選挙権を有し、且つ右選挙における候補者であること、右村選挙会は、右原告谷本亀市をを最下位当選人、右原告石川義明を次点落選者と定めたこと、原告石川義明は右決定に不服があつたので右村選挙管理委員会に対し、適法の期間内に右当選の効力に関し異議申立をなしたところ、右村選挙管理委員会は、昭和三十四年五月二十五日原告石川義明の異議申立を棄却する旨の決定をなしたこと、そこで原告石川義明はこれに不服ありとして更に適法の期間内に被告に対し、訴願の申立をなしたところ、被告は、同年八月二十日付をもつて、各原告の得票数は各百票の同数であると判定したとの理由によつて、「同三十四年五月二十五日右村選挙管理委員会が訴願人石川義明の本件異議申立に対してなした決定を取り消す、原告谷本亀市の当選を無効とする旨」の裁決をなしたこと、そして各原告からそれぞれ右裁決に不服ありとして適法の期間内に本件訴提起に及んだことは弁論の全趣旨に照して明らかである。そして被告のなした右裁決において、B事件の原告谷本亀市の得票については、右村選挙会が他の候補者訴外谷岡勝義(田の元)、同西尾勇(たのもと)と右谷本亀市との三名の得票数に按分していた「タモト」なる投票一票(検乙第一号証の一)を新に右谷本亀市の有効投票と認め、また「タモトカ」なる投票一票(検乙第二号証)を村選挙会の決定と同様に右谷本亀市の有効投票と認めて、同人の得票数九九・二八一票(村選挙会の決定得票数)を改めて百票と判定し、またA事件の原告石川義明の得票については、選挙長及び村選挙管理委員会が共に無効投票としていた「」なる投票一票(検丙第一号証)を新に右石川義明の有効投票と認め、また「石川正盛」なる投票一票(検丙第二号証)「」なる投票一票(検丙第三号証)及び「石川正モリ」なる投票一票(検丙第四号証)を対選挙会の決定と同様石川義明の有効投票と認めて、同人の得票数九九票(村選挙会の決定得票数)を改めて百票と判定したものであることは、検乙第一号証の一、二、第二号証、検丙第一号証ないし第四号証の各検証の結果と弁論の全趣旨によつて明らかである。

二、そこで先ず、A事件の原告石川義明は、被告が前示谷本亀市の有効投票と判定した百票中の右「タモト」及び「タモトカ」の各投票はいずれも公職選挙法(以下単に法と称する)第六十八条第七号により無効投票と判定すべきものである旨(A事件の原告の請求原因事実第一、(二))主張するので検討する。証人宮内順太郎の証言の一部、同西尾勇の証言及び検乙第一号証の二の検証の結果によると、本件選挙においては、右谷本亀市のほかに、他の候補者中に訴外谷岡勝義、同西尾勇があつて、右谷岡勝義は屋号を「田の元」と呼称し、立候補届書には右氏名と共に「田の元」の届出をしており、また右西尾勇は屋号を「たのもと」と呼称し、立候補届書には、右氏名と共に「たのもと」の届出をしており、右西尾勇の屋号「たのもと」は村内全般に通称として通つているものであることが認められ、証人宮内順太郎の証言中右認定に牴触する部分は右各資料に対比して採用し難く、他にこれを動かすに足る証拠はない、したがつて原告の主張事実のうち、訴外谷岡勝義の立候補届出には「田ノ元」と届出をしているとの点は採用しない。

そこでまず右「タモト」なる投票(検乙第一号証の一)の効力について判断するに、候補者中に谷本亀市、谷岡勝義(田の元)、西尾勇(たのもと)の三人がある場合には、「タモト」なる投票は一面には「タニモト」の「ニ」の脱字と推認し得られるけれども、それはまたその字体その他字画の不正確さ等の点からみて、書に習熟したものの字とも認め難いところから、他面「田の元」または「たのもと」なる呼称の「の」を脱字して、これを片仮名で記載したものと推認できないこともない。してみると、右「タモト」なる投票は、候補者谷本亀市、谷岡勝義、西尾勇のいずれを記載したものかを確認し難いものとして、法第六十八条第七号により無効投票であると認定するのが相当である。この点に関し、被告及びB事件の原告谷本亀市は、右投票は法第六十八条第七号により無効と判定すべきではなく、むしろ、谷本亀市の有効投票と判定すべきである旨(A事件被告の答弁事実(二))主張するので判断するに、「タモト」なる投票は前認定の理由によつて、前示三人の候補者のうちいずれを記載したものかを確認し難いものであつて、すなわち選挙人の意思が、明白とはいえないのであるから、候補者制度をとつている現行法の下においても、これを法第六十八条第七号に該当するものとして無効投票と認定するのほかなく、またこのように選挙人の意思が明白でない場合に、これを無効投票と認定することは法第六十七条後段の規定の趣旨に反するものでもない。また被告等主張の諸事実関係が認められても、後記説示とも考え合せて、右投票を候補者谷本の「氏」の「ニ」を脱字して記載したものとして、候補者谷本亀市の有効投票であるとは認められない。他に被告等の右主張を肯認するに足る資料もないから、該主張は採用し難い。

次に、「タモトカ」なる投票(検乙第二号証)の効力について判断するに、候補者中に谷本亀市、谷岡勝義(田の元)の二人がある場合には、「タモトカ」なる投票は一面「タニモトカ」の「ニ」の脱字とも推認し得られるけれども、それはまたその字体等からみて書に十分習熟したものの字とも認め難いところから、他面「田の元」勝義の呼称中「田の元カ」の「の」を脱字して、これを片仮名で記載したものと推認できないこともない。してみると右「タモトカ」なる投票は、候補者谷本亀市、谷岡勝義のいずれを記載したものかを確認し難いものとして法第六十八条第七号により無効投票であると認定するのが相当である。この点に関し、被告及びB事件の原告谷本亀市は、右投票は候補者「タニモトカメイチ」を記載しようとして「タモトカ」と脱字したものとして、候補者谷本亀市の有効投票であると判定すべきである旨主張するので判断するに、右投票は村選挙会において開票立会人十人ことごとく候補者谷本亀市の有効投票である旨意見を述べ、選挙長も簡単に有効に決定したような事情があつても、それだけで、直ちに前認定を動かすには足らず、また「田本かめいち」なる投票(検乙第三号証、もつとも被告は「田本カメイチ」なる投票であると主張するも明白な誤記と認める)中「田本」を訓読すれば候補者谷本亀市の「氏」「谷本」と非常に近似しており、且つ「かめいち」は同候補者の「名」の呼称と同一であるから、前認定の情況下では該投票を右谷本亀市の投票と判定することはむしろ当然のことであつて、これがために、右投票とは異る「タモトカ」なる投票を右谷本亀市の有効投票と判定すべき理由とはなし難く、その他、右選挙において、谷本亀市と記載した投票が多く存するにもかかわらず、「タノモトカツヨシ」なる投票が一票も存しないとしても、これらの事実関係からみても、右「タモトカ」なる投票は、山村地帯にあつて教育程度の低い選挙人において候補者「タニモトカメイチ」を記載しようとしたのに、投票所の雰囲気になれないため緊張し過ぎて、「タモトカ」と脱字したことによるものとは認め難い。よつてこの点に関する被告等の主張は採用し難い。

してみると、他に特段の事情の認められない限り被告が本件訴願裁決において候補者谷本亀市の有効投票を百票と判定したのは法第六十八条第七号の規定に違反するものであつて、同候補者の有効投票は右二票を差し引き九十八票と判定すべきである。

三、次にB事件の原告谷本亀市は、本件選挙の候補者中には原告の氏名にまぎらわしい者が、右訴外谷岡勝義(通称「田の元」)、同西尾勇(通称「たのもと」)の二名のほかに、訴外谷藤太郎があるのであるから、原告の当選を無効と断定する以上は、右三名の候補者につきそれぞれその有効と判定された投票を十分審査すべきであつて、右三名の有効投票中に原告の有効投票が少くとも一票混入していると推察している。しかるに、これが十分の審査をせずしてなした被告の裁決は失当である旨(同原告の請求原因事実第一、(二)、一)主張するので検討する。本件選挙において、候補者中に、原告谷本亀市のほかに、訴外谷岡勝義(「田の元」をも立候補届あり)、同西尾勇(「たのもと」をも立候補届あり)があること前認定のとおりであり、なおそのほかに訴外谷藤太郎なる候補者のあること、また原告は最下位当選人であつて、次点者であるA事件の原告石川義明との間においてその有効投票数の差が接近しており、一票はおろか〇・一票でも当選の有効無効に影響を及ぼすものであることは弁論の全趣旨に照して明らかである。しかしながら、原告の立証によつても、原告以外の右三名の有効投票と決定された投票中に原告の有効投票が混入しているとの点は認め難い。それ故にこの点につき被告が十分の審査をしなかつたとしても、結局において被告のなした議決は失当とはいえない。よつて原告の該主張は採用しない。次に原告谷本亀市は、前示「」なる投票(検丙第一号証)は、法第六十八条第七号に該るか、そうでなければ同条第五号に該当するいわゆる他事記載として無効投票と判定すべきであり、また前示「石川正盛」なる投票(検丙第二号証)、「」なる投票(検丙第三号証)及び「石川正モリ」なる投票(検丙第四号証)はいずれも他事記載として無効投票と判定すべきである旨主張(同原告の請求原因第一、(二)、二)するので検討する。

原告と被告との間においては成立に争がなく、またA事件の原告石川義明と被告との間においては弁論の全趣旨によつてその成立の認められる乙第一号証(鑑定書)、鑑定人四方一郎の鑑定の結果及び検丙第一号証の検証の結果を綜合すると、右検丙第一号証の投票に記載せられている文字の中、第二字は「川」第三字は「ま」第四字は「さ」第六字は「り」と判読でき、また第一字及び第五字は科学鑑定によれば、それぞれ第一字は「石」に近いものと推定され、第五字は「も」と推定判読されうるもので、その全体として結局「石川まさもり」と判読するのが最も適当であると認められる。原告は第一字を「石」と判読することは不可能である旨主張するけれども採用し難い。

そして原告と被告との間においては成立に争なく、またA事件の原告石川義明と被告との間においては弁論の全趣旨によつてその成立の認められる乙第二号証と、証人竹平義房、同宮内順太郎の各証言及び原告本人石川義明の供述を綜合すると、候補者石川義明は、約十六才に達するころまでは東祖谷山村の小島部落に居住しており、十六才ごろから以降肩書の高野部落に移住したものであるところ、その幼名を「正宗」または「正盛」と呼称していた関係上、右小島部落では主として「正宗」の呼名を知られており、また同村三十六部落のうち六部落(高野部落を含む)に該る学校々区内では主として「正盛」の呼名が一般に知られているものなること、年賀状なども「石川正盛」で間違なく配達せられていること、そして立候補届出においては、「石川義明」と共に「正宗」を届出していること、反面同村では戸籍面の名前と幼名とが異なる者が相当数あること及び同村内では「正盛」または「正宗」と呼称されている人は他に存しないこと、また勿論候補者中に右呼称とまぎらわしい氏名等を呼称する者がいないことが認められる。してみると「石川正盛」は同村内全域にわたつて知られている呼称とはいえないけれども、同村内学校々区内では「石川義明」の呼名として一般に知られているものというべきである。もつとも成立に争のない丙第二号証と原告本人石川義明の供述の一部によると、「石川正盛」または「石川正もり」なる呼称は、選挙人名簿その他の公簿には登載されておらず、また勿論立候補届書にも届出されていないものなることが認められるけれども、右「石川正盛」または「石川正宗」が候補者石川義明と同一人であることは前記に照して明白である。そして投票用紙に記載すべき候補者の氏名は、戸籍上の氏名にかぎらず、これと異る名前(幼名その他の呼名)を記載していても、それが選挙区の全域またはその一部において呼称せられているものであつてその同一人であることを認めうるような場合においては、特段の事情のない限りその候補者の有効投票と判定すべきであつて、勿論法第六十八条第五号のいわゆる他事記載にも該当しないものと解するを相当する。この点に関し、原告は、投票に単に幼名を記載しただけで、それが広く通称の域に達していない場合には、これを有効投票と判定する根拠もなく、極めて厳格に適用すべき他事記載禁止規定の趣旨にも反する旨主張するけれども、候補者の幼名から出た呼名でも、右認定の程度において同人の呼名として通つている以上、これを有効投票と判定すべきであつて、そうすることはもとより他事記載禁止規定の趣旨に反するものでもない。よつて原告の該主張は採用しない。してみると特段の事情も認められない本件においては、右検丙第一号証の投票は候補者石川義明の呼名である「石川正盛」を記載したもので、同一人であると認められるから、もとより法第六十八条第七号ないしは同法条第五号に該当する無効投票ではなく、同候補者の有効投票と認めるを相当とする。また前示検丙第二、三、四号証の各投票も、右同様の理由によつて同候補者の呼名「石川正盛」を記載したもので、同一人であると認めるを相当とするから、もとより法第六十八条第五号に該当する無効投票ではなく、同候補者の有効投票と認めるべきである。他にこれを覆すに足る資料もないから、原告の主張は採用しない。

してみると、前示検丙第一号証の投票一票(村選挙会が無効投票と判定したもの)を新にA事件の原告石川義明の有効投票と判定し、また検丙第二、三、四号証の各投票を村選挙会の決定と同様に有効投票と判定してこれらを含めて、同原告の有効投票九十九票(村選挙会の決定)を改めて百票と判定した点においては、被告のなした本件裁決は違法とはいえない。

四、以上の説明によつて、本件選挙においては、A事件の原告石川義明の有効投票を百票、B事件の原告谷本亀市の有効投票を九十八票と判定し、その結果右谷本亀市の当選を無効とすべきである。

それ故に、右原告両名の有効投票を各百票と判定して、原告谷本亀市の当選を無効とした被告の裁決は、この点においてこれを違法として取り消し、更めて、右認定の理由をもつて右選挙における谷本亀市の当選を無効とすべきである。よつて、A事件の原告石川義明の本訴請求中、本件選挙における谷本亀市の当選無効を求める部分は正当としてこれが認容すべきである。

以上のほか、A事件の原告石川義明はなお前記選挙において石川義明を当選人とする旨の判決を求めているけれども、公職の選挙においては、誰を当選人とするかは法第九十六条等の規定によつて選挙執行機関がこれを定めるものであつて、裁判所が右選挙執行機関に代つて新に当選人を定めうる機能を有するものとはいえないから、右訴は不適法として却下すべきである。

次にB事件の原告谷本亀市の請求については、同原告が被告のなした裁決を違法として主張した前提事実が認められないこと前叙のとおりであるから、これを失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書(A事件関係)及び同法第八十九条(B事件関係)を各適用して主文のように判決する。

(裁判官 谷弓雄 橘盛行 山下顕次)

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